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DC-111 Pink Floyd 「Pulse」

2009年06月21日 13:06



DC-SOUNDS MASTERPIECE OF THE WORLD
 
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若く、長く生きることはそれだけ多くの音楽に出会える。膨大な多くの音楽遺産を聴くことができて知ることができる。ポピュラー音楽の創世をどこに置くかということはさておき、1950年代と仮に仮定したとすれば、70年代に生きる人は20年分の遺産を70年代を生きる現在進行形の音楽とともに生きることができる。90年代に生きる人は初めから40年分の膨大な音楽遺産を手に入れることができる。これは音楽を聴く人間にとってはとてもありがたいことだと常々感じていた。だが、膨大な音楽遺産を手に入れても、生の生きた音楽を知ることができるのはその時代に生きる人間だけの唯一の特権なのだ。私はこのライブ映像を見て、強くそれを感じた。この驚異的なライブをもう二度と見ることができないと思うと無念でならない。このライブが催された時、私はPINK FLOYD(ピンク・フロイド)など知る由もない中学生だった。

これは世界最高のライブロックバンドPINK FLOYD(ピンク・フロイド)のライブ映像が克明に記されたレコードでDVDとともに見ることができる。PINK FLOYD(ピンク・フロイド)というバンドは音楽というものを、単なる音だけでなく多面的に捕らえていた唯一のバンドであった。このレコードの表題に掲げられているpulseという言葉が表しているように、音楽とは音波長の塊であり、さまざまな波長をもつpulseが複雑に絡み合い、時に共鳴し(echo)、それは山にもなり谷ともなる。そんなことは誰でも知っているが、彼らはこの波長を映像と常に同一と捕らえていた。我々の眼に映る事物は様々な波長をもつ光の散乱によって生み出された光の塊であるが、独立してると思われるこの2つの事象の共鳴を試みていた。

音楽の発展期であった1970年代は多くのロックバンドが生まれた。彼らに共通したことは音の模索だった。その時代を生きていない自分が、その音から感じるままに表現するとすれば、彼らは音楽で何ができるかを探求していたように感じる。音楽の可能性を探っていた。アイデアを振り絞り、苦悩に満ちた実験を繰り返しながら、如何にして新しい音的表現をするかを探求していた。アイデアとは不便さから生まれるとよく言われるがまさにその通りだ。3本のクレヨンを持っている人より、1ダースのクレヨンを持っている人が絵を上手く表現できる道理はない。1ダース持っているがために失われることがあった。

一見すると3本で表現できることは限られているが、3本で表現するにはどうすればよいか考える。これは現代の21世紀の音楽と当時の音楽でもまったく同じことが言えるような気がする。録音という音を刻む作業一つに何日も費やす。1時間もあればできることを何日も費やすことに意味があったのではないだろうか。部屋で演奏した音を隣の部屋に録音機を置いて音を収録する。それは壁を通して聞える音が欲しかったから。音は壁の厚み、材質、部屋の位置によって大きく変化する。遠ざかっていく音を手に入れるために自ら録音機を持って遠ざかる。それを何度も繰り返して検証に検証を続ける。今ならチューナーをいじればものの数分でできることを何日もかけざるを得なかったのかもしれないが、けっしてチューナーでは得られない音がそこにあったのではないだろうか。音を研究していた。音がどういうものかを身を持って体験し学んでいた。だから音に対する捕らえ方と扱い方、レベルと次元が違うのだ。彼らは音を熟知していた。1ダースのクレヨンで失われたことは、人間にとって最も重要な考えるという作業だったという仮説が正しいかどうか分からないけれども、もしこれが本当なら、今の音楽家は今ある高性能の機材を捨てる勇気が必要になる。限られた機材だけを持ち込みテクノロジーから隔離された孤島で音を作る試みが必要だ。現代と1970年代のビルボードチャートを比較すれば、現代の音楽が如何に燦燦たる状態かは誰の目からも明らかだ。無個性で無機質で目新しさや創造性に満ちたものはどこにもない。






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